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【バンカライズム9期 引退ブログ】万色祭2025統括 依田隼矢汰

  • 執筆者の写真: バンカライズム-万色主義-
    バンカライズム-万色主義-
  • 2025年11月25日
  • 読了時間: 7分

更新日:2025年11月30日

バンカライズムー万色主義ーという最高にロックでイカした所属先から追い出されてしまって、なんと自己紹介したら良いか分かりません、元バンカライズム九期兼、元企画局所属兼、元万色祭2025統括の依田隼矢汰(よだはやた)です。

引退から半月以上経ってやっと書く気になりました、投稿日に送りつけてごめん広報局。


バンカライズムとして過ごした2年間を振り返りながら、自分が何を考えて踊っていたのかを書いていこうと思います。


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2023年11月5日、早稲田祭2023 2日目の17時34分にバンカライズムと出会いました。適当に友達と見に行った早稲田祭2日目に、ぼーっとワセコレのパフォーマンスを見てたらなんか暗くなってきて、エンディングフェスティバルなるものが始まりました。人の波に押されてなぜか下手の最前の方で見ることになりました。パフォサーなんて1つも知らなかった自分は、ただいろんな団体のパフォーマンスをぼーっと見ていただけでした。

そしてついに始まりました、「2023EF w.u.bコラボ」。今思うと自分が最も幸運だったことは、バンカラとの出会いがこのステージだったことです。自分が初めて見たバンカラが8代目の集大成で、伝説的なステージだったから。正直他のどのステージを見ても特段動かなかった自分の心に、大きな衝撃と雷が落ちました初めて見る学ランの衣装、キレキレの荒々しいパフォーマンス、その中に伝わってくる熱いものがありました。「飛天」を聞くと2年経った今でも鮮明にその時の景色を思い出すことができるほど、昂りました。好きすぎて振りも覚えて、100ハイの道中や宿でしょうと踊ってました。昂りすぎました。


そして「EF単独」、この時見たこのステージが、結局2年間自分が追い続けた「バンカライズム」が詰まっているステージだと思います。まさに自分にとってのバンカラのバイブル。


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でも昂りと同時に悔しい感情が大きくて、自分が早稲田で半年燻って埋もれていた間に、こんなすごいことを成し遂げている人たちがいた。その事実にどうしようもなく悔しくて、変わることを決意させられました。だからバンカラに入りました。


でも正直この時点でこの人たちがなんていうサークルなのかも知らないし、全然何者なのかも知りませんでした。でもこの時一緒にいた友達に、「俺はこのサークルに絶対入るし、1年後このステージ(EF)で1番前で踊るわ!」ってわけ分からんお門違いなこと言ったのを覚えています。こここそが自分の大学生活の、というか人生のターニングポイントです。このたった3分30秒ぐらいのパフォーマンスでバンカラに引き摺り込まれました。


EF後に早稲田のやよい軒で友達とご飯食べながらパンフレットを見て、そこで初めて「万色主義」っていう名前を知って、「すべての人の野心に火をつける」っていう活動理念を知ることになりました。バンカラを見たときの言葉にならなかった自分の感情が、「野心に火をつけられた」という言語化をされて、ぶっ刺されました。昂りすぎて生姜焼き定食の少ない肉で米を1.2キロ食べてライスロボの米を1人で枯らせたのを今思い出しました。


長いこと書きましたが、ここが自分のバンカラとの馴れ初めで、2年間忘れることのなかった原点です。自分にとって8代目バンカライズムこそが道標で、超えるべき目標でした。8代目の動画を1番見漁った自信があります。読んでいる七期さんがいるかは分からないけど、本当に感謝しています。

最後の日誌にも書いたけど、自分にとって誰よりも火をつけられたこの経験が大きすぎたからこそ、2年間乗ったすべてのステージ袖でこの時の感情を思い出して、当時の自分と同じ気持ちを誰かに味あわせてやることだけを考えて踊っていました。


9代目

モチベ最高のままインスタ検索したら、なんと秋新歓。まさしく自分に入ってくれと言ってる気がしました。新歓に行ってみると、絶望が待っていました。踊れなすぎる。スキーターが全くできずに絶望しました。体の動かし方が全く分からず、リズム感もない。今だからカミングアウトすると、スキーターができなさすぎて一回新歓練習飛びました。ごめんなさい8期さん。

そんなこんなで入会が決まり、練習が始まるとやっぱり踊れない。スキーターどころかアップのリズムで歩けない。他の9期男だと、木本とか辻田とかも踊れなかった気がする認識だったんですけど、今見返してみたら圧倒的に自分の方が下手でした。こうして9期男で1番踊れないところからスタートラインを切りました。10期のみんな、偉そうに厳しくFBしてごめん。

150%のモチベでバンカラに入ったのに、1番踊れない。だからこそたくさん自主練してとにかく自信をもって踊れるようになろう、それだけを考えた9代目の1年間でした。

でも正直9代目のうちは早稲田祭ぐらいまで自信を持って踊れたことがなくて、ステージで笑えたこともありませんでした。そしてバンカラと出会って一年、早稲田祭の時期がやってきました。まさかのEFコラボメンバー選出、単独のポジが1列目の下手端。伏線回収です。1年前下手端でEFを見ていて、1列目で踊るわと宣言した少年が有言実行しました。もちろん自分が実力で選ばれたわけじゃないのは分かってるけど(多分パッション)それでも自分の大きい目標が達成されて本当に嬉しくて、初めて自分のお金でハーゲンダッツ買いました。


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10代目

EFが終わった後、9代目代表に「10代目バンカライズムといえばお前、みたいな存在になれよ」みたいなこと言われたのを覚えています。まああの人は口が達者だからみんなにそういうこと言ってるかもだけど、それでも1番バンカラだと思っていた人に言われたその言葉が大きくて、それが10代目での目標になりました。


そこから10期が入ってきて、とにかく入る前から熱意がすごかったからぼーっとしてたら追い抜かされると思って練習に励みました。きれいに踊ることよりもバンカラらしく踊ること、自分の中でバンカラらしい踊りはでかくて強くて激しくてしっかり止まること、それを意識し続けました。


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万フェス

万フェスに関しては終演後に統括でブログを書いてるので割愛。10代目を1番見せつけた万フェスだったけど、正直もう2度とやりたくないです。あとは統括相方のやまぎにはたくさん迷惑をかけました。頭が上がりません。来年は1番前で気楽に見れるのが楽しみです。


                      

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あとしょうもないけど合宿の宴会用のアンケートで「1番バンカラなやつ」の項目で一位だったのは密かに嬉しかった。自分の目指してきたことがこんな形でちょっと認められた気がして、自分で票を入れたにも関わらず二位だったゆうま代表は部屋でちょっと泣いたらしい。勝った。


最後の早稲田祭は、ついにバンカラもここまで来たかって思わせられるようなステージでした。呼ばれたすべてのステージがトリで、EFトップバッタートリ、そして3年ぶりの隈ステ

引退してみると、1ヶ月前まで自分が週7で朝から晩まで練習してたのが信じられないです。


隈ステで踊ったembersは本当によかった。あんなに気持ちの乗る代曲をみんなで作れたのは本当に誇りです。気持ちよくなりすぎてラスサビの代Tを引っ張る振りで、自分だけ引きちぎれそうなぐらい引っ張ってておもろいので誰か見てください。

BB1部のゆうまの言葉、まさかあいつに泣かされるとは思っていなくて悔しいです。隈ステの5列目を涙と汗で水溜りにしてきました。ほぼ汗ですけど。

あとやりきりすぎてBB終わったらありがとうございました言わずにはけようとして戻りました。毎年1回は早稲田祭でやらかしててすみません。


そしてEF。正直自分は2年間このステージに立つためだけに頑張ってきました。ありがたいことにコラボで振りを作らせてもらって、EFを見てバンカラと出会った自分がEFでセンターに立つという夢が叶いました。任せてくれてありがとう。


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そして最後のEF単独。ここでもラスサビでセンター横といういいポジをもらったんですけど、下手からバンカラランキングの1位、2位、3位の順番で並んでいることに気づいて、バンカラ選抜されたことが嬉しかったです。まあセンターのやつは2位でしたけど。

あとはEFフィナーレで自分が入会して初めてコラボした下駄っぱーずと最後に踊れたことは熱かった。最高のライバルたちでした。


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EFで2年間培ってきたバンカラをすべて見せつけたから、見ていた人たちの中にも2年前の自分と同じやつがたくさんいると思います。誰かの野心に火をつけにつけまくった自信があります。分からんけど今頃新歓に来てるでしょう。


9期としてバンカラに入って、10代目の一員だったことがなにより誇りです。自分たちながら史上最高の代だった自信があります。

これからもバンカライズムは形を変えていくと思うけど、いつか自分がバンカラを見に行ったときに、もう一度野心に火をつけてくれる存在であってくれたら嬉しいです。

長いこと書いてしまいました。

2年間本当にありがとうございました。


 
 
 

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